夏の再会

 「世代を越えた繋がり」を感じる。

 

私の場合は祖父である。

祖父は旧軍人で、よくその頃の話をしてくれた。

ライフルの扱い方の話や止血の方法、幼心に興奮したことを記憶している。

今だと両親が嫌がる野蛮な話になるのかもしれない。

 

祖父の息子たち、つまり父や叔父たちは祖父の恐ろしさを口をそろえて言っていた。

孫である私には見せない一面があった、ということだ。

 

その十年後、私は迷彩服を着ていた。

その姿を見せることはできず祖父は他界していたが、きっとあの世から話をしてくれるはず。

私にとって盆とはそんな祖父に会いに行き、あの頃のように祖父と話をする機会なのだ。

その瞬間だけは孫に戻って墓前でいろいろ質問するといろんな形で教えてくれる。

 

祖父の遺品を整理しているとき、祖父と私は同じ駐屯地であったことや、私が生まれたときに平和への願いを込めて名付けたことを知った。

私はこれを「祖父が伝えてくれた」と信じている。

 

今年も帰省は難しい。

だから手を合わせてここで伝えておきたい。

あなたが付けてくれた名前にふさわしい道を行くことにしたこと。

きっと私も孫にライフルの扱い方と止血法を教えるだろうこと。

受け継がれる防人のこころ、おかげ様の心を忘れないこと。

 

だから私たちもまた、先代たちと共に子供たちの代を信じて努力を見守り、応援しよう。

まだやれることがあるはずだ。

 

ーシャドウの心は世代を越えるー

 

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